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田原の歴史案内


田原市博物館 ホームページ へ行く 
田原町巴江11-1/0531-22-1720
田原城・二ノ丸跡に建設された「田原市博物館」。崋山や田原藩に関する作品・資料が多数展示され、田原の歴史を紹介するシンボルとなっています。
吉胡貝塚 ホームページ へ行く
吉胡町 /-
吉胡貝塚は、縄文時代の後期・晩期を中心とした日本を代表する貝塚遺跡のひとつ。これまでの発掘調査で340体もの縄文人骨が出士し、考古学・人類学の研究に大いに貢献しました。
大アラコ古窯跡  
芦町郷津 151 −1/-
平安時代末期、当時の三河国司、藤原顕長の銘入り壷が焼かれた窯跡。全盛期には、日本各地へここで焼かれた製品が運ばれました。渥美半島の窯業の繁栄を示す貴重な窯跡です。
田原城跡  
田原町巴江/
田原城は文明12年(1480年)頃、戸田宗光が築城。海に囲まれ、その湾の形から「巴江城」とも呼ばれていました。現在は石垣、堀などが残っており、公園整備されています。
池ノ原公園  
田原町巴江/
渡辺崋山が無実の罪により蟄居を命じられ、晩年を過ごし自ら果てた屋敷跡。静かな公園内に崋山の幽居跡や銅像、オブジェがあり、ベンチや東屋も設置され、散策路も整備されています。また、公園の一角にある 「池ノ原会館」 は茶道・華道・俳句などの文化活動に利用できます。
崋山神社  
田原町巴江/-
田原城出丸(新倉)跡に建てられた崋山神社。崋山の遺徳をしのび、命日の10月11日に大祭が開催されます。現在の姿は、伊勢湾台風による崩壊のあと再築されたものです。
城宝寺  
田原町稗田/-
田原が生んだ幕末の先覚者渡辺崋山の菩提寺と知られる城宝寺。本堂奥の崋山霊牌堂の天井には、日本有数の画家・書家による作品があります。
渡辺崋山  
田原町稗田/-
学者として、画家として、また政治家として活躍した渡辺崋山は、寛政5年(1793年)江戸の田原藩上屋敷で生まれました。
八歳から若君のお相手として出仕し、13歳の頃から鷹見星皐や佐藤一斎、松崎慊堂らに学び、朱子学や、陽明学をきわめました。
伊川津貝塚  
伊川津/-
伊川津町郷中全体に広がる大貝塚です。神明社の境内では、1m以上の厚さで貝が堆積したところもあります。貝塚からは、縄文時代後期から晩期の遺物や人骨が出土し、中でも叉状研歯のある頭骨や有髯土偶は全国的に有名です。
伊良湖東大寺瓦窯跡  
伊良湖/-
平安から鎌倉時代に活発に生産活動が展開された渥美古窯の一つで、3基の窖窯が保存されています。奈良東大寺鎌倉再建時の瓦を焼いた窯跡で、「東大寺大佛殿瓦」と刻印された軒丸瓦や軒平瓦、平瓦などの瓦や瓦経、瓦塔などの宗教用具が出土しています。
皿焼古窯館  
伊良湖/-
13基発見された皿焼古窯跡群の12号窯を保存・展示するために開館されました。平安 時代から鎌倉時代にかけての古い焼き物の窯は渥美古窯と呼ばれ、ここから出土した甕や 壺、茶碗や皿などが保存されています。
芭蕉翁之碑  
伊良湖/-
「鷹一つ見つけてうれし伊良湖崎」

 伊良湖シーサイドゴルフ倶楽部の入口近くに芭蕉の句碑があります。 芭蕉が貞享四年(1687年)11月、保美の里に隠棲していた 愛弟子の杜国を訪ね、伊良湖崎を清遊した時に詠んだ句です。

句碑はこの地方の俳人が芭蕉来訪100年を記念して、寛政5年(1793)に建立したものです。

万葉の歌・詩碑  
伊良湖/-
岬の先端、灯台背後の古山の斜面に、天武朝の皇族であった麻績王の歌碑があります。 麻績王は遠く都を追われ、伊良湖の浜に身を寄せていました。それを憐れむ里人の思いやりに応えた歌で、 潮騒の浜にふさわしい万葉の名歌といわれています。

「うつせみの 命を惜しみ浪にぬれ 伊良虞の島の 玉藻刈り食す」

(この世の命が惜しさに私は波にぬれて、この伊良湖の島の海藻を刈って食べているのです。)

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